キャリアアドバイザーの秋吉しおりです。
「年収は下がるけれど、この会社に行きたい」。そう言って相談に来られる方に、私は必ず同じ質問をします。
下がった状態で、生活は回りますか。そして、その状態はいつまで続きますか。
この2つに答えられるなら、年収が下がる転職は十分に合理的な選択になります。逆に、答えられないまま決めた方が後から迷いを口にされることは少なくありません。
判断の仕方を、一緒に整理していきます。
年収が下がる転職は、珍しくありません
まず、前提の共有から。
下がる典型的な場面
次のような転職では、いったん年収が下がることがよくあります。
- 未経験の職種に移る場合
- 大企業から中小企業・スタートアップへ移る場合
- 業界そのものの給与水準が違う場合
- 残業が減ることで、支給総額が下がる場合
- 賞与の比率が高い会社から、低い会社へ移る場合
最後の2つは見落とされがちです。月給が上がっても年収では下がる、という形が実際にあります。
「下がる」の中身を確認する
提示された条件を見るときは、次を分けて確認してください。
- 基本給と、固定残業代の内訳
- 賞与の支給実績(見込みではなく、直近の実績)
- 手当(住宅、通勤、家族など)の有無
- 残業がどのくらい発生する想定か
同じ「年収450万円」でも、中身によって手取りも働き方もまったく違います。
許容できるのは、3つのどれかに当てはまるとき
ここがこの記事の中心です。年収減を受け入れてよいのは、次のいずれかに当てはまる場合だと考えています。
条件1:時間単価が上がる
年収が下がっても、労働時間がそれ以上に減るなら、時間あたりの報酬は上がります。
計算してみてください。年収を、年間の総労働時間で割った金額です。
現職:年収500万円 ÷ 2,400時間 = 約2,080円 転職先:年収450万円 ÷ 1,900時間 = 約2,370円
この場合、年収は50万円下がっていますが、時間単価は上がっています。空いた時間を何に使うかまで決まっているなら、合理的な選択です。
空いた時間を副業に充てるという方もいます。その場合の組み立て方は副業と本業を両立する人のスケジュールの組み方で扱っています。
条件2:回復の見込みが具体的である
いったん下がっても、数年で戻る見通しが立っているなら、判断は変わります。
ただし、ここで必要なのは「頑張れば上がるはず」ではありません。次の3つを、面接や内定後の確認で聞けているかどうかです。
- 昇給は、どのくらいの周期で、何を基準に行われるか
- いまの等級から1つ上がると、年収はいくらになるか
- 実際に、何年で上がっている人が多いか
3つ目まで答えが返ってくるなら、見込みとして扱えます。答えが曖昧なら、それは見込みではなく期待です。
条件3:固定費を先に下げてある
3つ目は、転職先ではなく自分側の準備です。
毎月の固定費が下がっていれば、年収が減っても生活は回ります。逆に、固定費が高いまま年収を下げると、貯蓄が削れていきます。
固定費の見直しは、転職を決める前に済ませておかれるほうが安全です。下がってから慌てて削るより、余裕を持って選べます。
見直しの手順はスマホ・保険・電気の「固定費3本柱」を見直して、毎月のムダを減らす方法にまとめられています。
どれにも当てはまらない場合
3つのどれにも当てはまらないのであれば、一度立ち止まってみてください。急いで決めなければならない事情が、本当にあるでしょうか。
「やりがい」や「人が良さそう」という理由は、入社の動機としては大切です。ただ、生活が苦しくなると、その良さを感じる余裕もなくなっていきます。
家族に説明するとき
年収が下がる転職は、ご自身だけの判断で終わらないことがあります。
パートナーやご家族に伝えるとき、金額の話から入ると反対されやすくなります。
お伝えしているのは、順番を変えることです。
まず、いまの状況で何が続けられないと感じているのかを共有します。
次に、転職先で何が変わるのかを具体的に伝えます。時間、通勤、業務の内容。
そのうえで、下がる金額と、生活にどう影響するかを数字で示します。
1か月分の家計を実際に書き出して見せると、話が具体的になります。
「なんとかなる」ではなく、どの支出をどう調整するかまで示せると、納得を得やすくなります。
回復の見込みがある場合は、その根拠も一緒に伝えてください。
反対されたときは、押し切らずに一度持ち帰るほうが、結果的にうまくいくことが多いです。
判断軸を、自分で作る
3つの条件を確認したうえで、最終的な判断をどうするか。
下限を決めておく
「いくらまでなら下がっても大丈夫か」を、感覚ではなく金額で決めてください。
手取りの月額から固定費と生活費を引いて、毎月いくら残るか。その残りがゼロに近づく金額が、あなたの下限です。
下限が分かっていれば、提示額を見た瞬間に判断できます。迷う時間そのものが減ります。
年収以外の項目に、点数をつけてみる
金額だけで比べると、どうしても現職が有利に見えます。他の要素も並べてみてください。
- 通勤時間(往復で年間何時間になるか)
- 残業時間
- 在宅勤務の可否
- 身につくスキルが、次の転職でも通用するか
- 3年後、どんな仕事をしていそうか
すべてを数値化する必要はありません。ただ、並べてみると「年収以外で何を得るのか」がはっきりします。
並べてみて、現職より良くなる項目はいくつあったでしょうか。
ここが曖昧なままだと、後で「何のために下げたのか」が分からなくなります。
下がった後の生活を、1か月分だけ試算する
紙に、転職後の手取り月額を書いてください。そこから固定費と生活費を引いてみます。
この計算をせずに決める方が、実際とても多いです。数字にすると、想像していたより余裕がある場合も、逆に厳しい場合もあります。
判断の材料をひととおりそろえてから考えたいという方は、転職を考え始めたとき最初にやる3つの準備から順に見ていただくのがよいかもしれません。
下がる幅ごとに、見るところが変わります
ひと口に年収が下がると言っても、幅によって考えることが違います。
目安として、3つに分けて見てみてください。
- 1割程度まで……固定費の調整で吸収できる範囲に収まることが多い幅です。時間や環境の改善と釣り合うかで判断します
- 2割前後……生活の組み替えが必要になります。回復の見込みを具体的に確認しておきたい幅です
- 3割以上……住まいや保険を含めた見直しが要ります。この幅を選ぶなら、時間単価か将来の伸びに明確な理由が必要です
同じ「年収ダウン」でも、1割と3割では判断の重さがまったく違います。
まずは自分がどの幅にいるのかを確認してから、条件に当てはまるかを見てみてください。
後悔しやすいのは、どんなときか
面談で伺ってきた範囲での話になりますが、傾向を挙げておきます。
逃げる形で決めたとき
いまの職場がつらくて、そこから離れることだけが目的になっていると、転職先の条件を吟味しないまま決めがちです。
離れること自体は正当な理由です。ただ、離れるための転職と、行きたい場所への転職は、選び方が変わります。
前者の場合こそ、条件の確認を丁寧にしてください。
回復を「なんとなく」信じていたとき
「頑張れば上がるだろう」と考えていたが、2年経っても変わらなかった。この形が、後悔として語られることが多いです。
条件2で挙げた3つの質問は、そのための確認です。
周りと比べてしまうとき
同年代の年収が話題になる場面で、気持ちが揺れることがあります。
これは避けようがない部分もあります。ただ、自分が何と引き換えに下げたのかを言葉にできていれば、揺れ方が小さくなります。
あなたの場合、その引き換えは何になるでしょうか。
交渉できたのに、しなかったとき
提示された金額をそのまま受け入れて、後から「聞いてみればよかった」と感じる方もいます。
相談できるタイミングと切り出し方は、転職の年収交渉はどこまでしていいのかにまとめました。下がる前提の転職でも、確認する価値はあります。
下がる転職を選んだ方が、後から話されること
実際に年収を下げて転職された方と、その後もお話しする機会があります。
納得されている方に共通しているのは、下げた理由を自分の言葉で説明できることでした。
「時間を取り戻すために選んだ」「この分野で経験を積むために決めた」という形です。
一方、後悔を口にされる方は、理由が外側にあることが多いように感じています。
「もうあの職場にはいられなかったから」という説明だけが残っている場合、比較の対象が過去の職場になってしまいます。
そうすると、新しい職場で不満が出たときに、下げたこと自体を悔やむ形になりやすいのです。
決める前に、「何のために下げるのか」を一文で書いてみてください。
書けるようであれば、その判断は後から支えになります。
決める前に、確認しておきたいこと
最後に、承諾の返事をする前のチェックです。
書面で条件を受け取る
口頭で聞いた金額と、書面の金額が違うことがあります。必ず書面で確認してください。
賞与について「実績による」とだけ書かれている場合は、直近の支給実績を聞いておくと安心です。
1年目と2年目で変わる部分を確認する
入社1年目は賞与が満額出ない、住宅手当の適用が2年目から、といった条件があることがあります。
1年目の実額と、2年目以降の見込み額は分けて把握しておいてください。
誰かに話してから決める
家族と暮らしている場合は、収入の変化は自分だけの問題ではありません。
相談しにくいと感じる方もいますが、決めた後に伝えるより、決める前に共有しておくほうが後の関係が楽になります。
下がった状態から、どう戻していくか
入社した後のことも、少し触れておきます。
年収が下がった状態から戻すには、入社後の動き方が関わってきます。
最初にやっておきたいのは、評価の基準を具体的に確認することです。
何ができたら、どの等級に上がるのか。時期はいつか。
入社直後は聞きやすい時期でもありますので、この確認は早めに済ませておくことをおすすめします。
そのうえで、半年ごとに自分の成果を記録に残しておいてください。
評価の場で説明を求められたとき、記録があるかどうかで話しやすさが変わります。
もうひとつ、下がった時期の家計をそのまま続けないことも大切だと考えています。
収入が戻ったときに支出も一緒に戻ってしまうと、下げた意味がなくなってしまいます。
下げている間に固定費を見直しておくと、戻ったときの余裕がそのまま残ります。
下げない選択も、同じくらい大事です
ここまで下がる前提でお話ししてきましたが、下げずに済む道がないかも見てみてください。
同じ業界の中で条件のよい会社を探す、いまの職場で異動を相談する、といった選択肢です。
年収を下げること自体が目的になってしまうと、判断が偏ります。
下げてでも得たいものがあるのか、それとも他に方法がないだけなのか。
ここを分けて考えてみると、選ぶべき道が見えてくることがあります。
決めたあとに揺れたとき
下げる判断をした後で、気持ちが揺れることがあります。
そのときは、決める前に書いた理由をもう一度読んでみてください。
当時の自分が何を優先したのかが残っていれば、揺れは落ち着きます。
まとめ:下げる理由を、言葉にできるか
判断の材料を並べ直します。
年収が下がる転職を選べるのは、時間単価が上がるか、回復の見込みが具体的か、固定費を先に下げてあるか。このいずれかに当てはまるときです。
そのうえで下限の金額を決め、年収以外で何を得るのかをはっきりさせておく。
後悔するかどうかを分けるのは、下がったという事実ではなく、なぜ下げたのかを自分で説明できるかどうかだと思っています。
いま検討中の方は、まず転職後の手取りから固定費と生活費を引いて、毎月いくら残るかを計算してみてください。そこで余裕があるなら、他の項目を落ち着いて比べられます。
逆に厳しいという結果が出たなら、固定費を先に見直すか、条件面をもう一度相談するか。どちらを先にするかを決めるところからになります。
