若手Webマーケター/SNSグロースプランナーの早瀬優人です。
業務委託契約書を送られてきて、よく分からないまま署名した経験は、独立して間もない時期なら誰にでもあると思います。
僕も最初の頃は契約書をほとんど読まずに返信していて、修正が何度も戻ってきたときに「これは何回まで無償なのか」がどこにも書いていないことに気づいて青くなりました。実際のところ、揉めるのは契約書に書いてある条件ではなく、書いていない部分です。
この記事では、業務委託契約書で必ず確認する5項目と、契約書に書かれていなくても法律の側が守ってくれる範囲を、受注する側から見て整理していきます。
契約書を確認せずに後悔するパターン
先に、実際に起きやすい詰まり方から見ていきます。
揉めるのは「書いていないこと」
トラブルの多くは、契約書の条件が不利だったから起きるのではありません。
修正は何回まで無償か、追加の依頼は別料金か、納品物を他社の宣伝に使ってよいか。こうした点が書かれていないまま作業が始まり、後から解釈が食い違います。
契約書は「有利かどうか」ではなく「決まっていない部分がどこか」を探しながら読むものです。
口約束は残らない
打ち合わせで合意したことも、担当者が変われば引き継がれません。
ここでつまずく人が多いのですが、悪意がなくても記憶は食い違うので、メールやチャットで文字にして残しておくところまでが確認の作業です。
必ず見る5項目
順番として、契約書が届いたら次の5つを先に探してください。ここさえ押さえれば、大きな事故はかなり減らせます。
1. 業務範囲と成果物の定義
何をどこまで作れば完了なのかが、具体的に書かれているかを見ます。
「Webサイトの制作一式」のような書き方だと、ページ数も画像の用意も含まれるのかが読み取れません。
点数・形式・納品方法まで落ちているかを確認し、曖昧なら着手前に文字で確定させてください。
2. 報酬額と支払期日
金額そのものより、いつ支払われるかのほうが資金繰りに効いてきます。
あわせて、報酬額が税込なのか税別なのかも見てください。消費税の扱いが書かれていないと、請求の段階で認識がずれます。
交通費や素材の購入費といった実費を、どちらが負担するのかもここで確定させておきます。
3. 検収と修正の回数・範囲
ここが最も抜けやすく、最も揉める項目です。
修正の回数と、何を修正とみなすかの範囲。この2つがない契約書は、無制限に直させられる余地を残しています。
「初稿提出後の修正は2回まで。方向性の変更は別途見積もり」といった水準まで書けていれば十分です。
あわせて見ておきたいのが、検収の期限です。
「発注者は納品後◯営業日以内に検収を行う」と決まっていないと、いつまでも検収されず、支払期日の起点も定まらない状態になります。
期限を過ぎたら検収完了とみなす、という一文があるかどうかで、宙ぶらりんの期間が生まれるかどうかが変わります。
4. 権利の帰属
作ったものの権利がいつ、誰に移るのかを確認します。
実務で効いてくるのは、次の3点です。
- 権利が移るのは納品時か、報酬の支払い完了時か
- 自分の実績として公開してよいか(守秘義務との関係)
- 納品後に発注者が改変することを認めるか
順番として、支払い完了時に移転する形になっていれば、未払いのまま使われる事態を避けられます。
実績として見せられないと次の受注につながらないので、公開の可否は着手前に聞いておくと後で困りません。
あわせて出てくる「著作者人格権を行使しない」という条項
制作系の契約書でほぼ必ず出てくるのに、意味を知らないまま署名されている条項です。
著作権のうち、公表するかどうか・氏名を表示するかどうか・意に反して改変されないこと、といった作り手の人格に関わる権利は、契約で他人に譲ることができません。
そこで実務では「著作者人格権を行使しない」という約束を入れることで、発注者が納品物を自由に使えるようにします。
この条項に同意すると、納品後に大きく改変されても、クレジットを外されても、原則として異議を申し立てられなくなります。
ここでつまずく人が多いのですが、この条項があること自体は珍しくありません。問題は、実績として名前を出したいのに人格権の不行使まで丸ごと合意してしまう場合です。
クレジット表記を希望するなら、不行使の範囲から氏名表示を外してもらえないかを、署名の前に相談してください。
5. 解除・中途終了の条件
途中で終わったときに、そこまでの作業分がどうなるかを見ておきます。
着手済みの分が支払われるのか、前払い分は返金するのか。長期の契約ほどここが重くなります。
契約書に書いていなくても、法律が守ってくれる部分
ここがこの記事でいちばん伝えたい部分です。契約書がすべてではありません。
フリーランス法(2024年11月1日施行)
正式には「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といい、従業員を雇わずに個人で受注する人を守るための法律です。
主な内容は厚生労働省のフリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン等で公開されています。
受注する側から見て効いてくるのは、次の4つです。
- 取引条件の明示義務……業務内容・報酬額・支払期日などを書面や電子メール等で示す義務が、発注側にある
- 報酬の支払期日……成果物を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内に定めなければならない
- 7つの禁止行為……1か月以上の業務委託では、受領拒否・報酬の減額・返品・買いたたき・購入や利用の強制・不当な経済上の利益の提供要請・不当な給付内容の変更ややり直しが禁じられている
- 中途解除の予告……6か月以上の業務委託を解除・不更新にする場合は、原則として30日前までに予告が必要
つまり「支払いは半年後」「修正は無制限」といった条件は、契約書に書いてあっても法律の側で制限がかかります。
ただし、全部が全部の発注者にかかるわけではない
ここは押さえておかないと期待が外れる部分なので、正確に書きます。
この法律の義務は、発注する側の状態によって2つの層に分かれています。
- 取引条件の明示義務……業務委託をするすべての発注者にかかる。相手が大企業でも、従業員のいない個人事業主でも同じ
- 60日以内の支払い・7つの禁止行為・中途解除の30日前予告など……従業員を使用している発注者(特定業務委託事業者)にかかる
この「従業員を使用」には基準があり、週の所定労働時間が20時間以上で、かつ継続して31日以上雇用される見込みの労働者を雇っている場合を指します。
実際のところ、企業からの受注であればほぼ両方の層がかかります。一方、ひとりで活動している個人から再委託を受けた場合は、明示義務はかかっても60日ルールまではかからないことがあります。
この線引きは、公正取引委員会と厚生労働省が公表している「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」(解釈ガイドライン)で示されています。このガイドラインは改正され、2026年1月1日から新しい内容が適用されています。
2026年1月から下請法は「取適法」になった
もうひとつ押さえておきたいのが、2026年1月1日に施行された中小受託取引適正化法、略して取適法です。
これは従来の下請法を改正したもので、名称そのものが変わりました。ネット上には「下請法では〜」と現在形で書かれた記事がまだ大量に残っていますが、その記述は古いものです。
受注側から見た主な変更点は3つあります。
- 従来の資本金基準に加えて従業員数の基準が追加され、対象になる発注者の範囲が広がった(委託内容に応じて300人・100人の区分がある)
- 手形払い等が禁止された
- 価格転嫁の協議に応じない一方的な代金決定が禁止された
制度の全体像は公正取引委員会の中小受託取引適正化法(取適法)で確認できます。
受注する側から見た、2つの法律の使い分け
2つの法律が並んでいると、どちらを見ればいいのか分からなくなります。整理しておきます。
まず、対象になる人が違います。フリーランス法は従業員を雇わずに受注している人を対象にしていて、取適法は資本金や従業員数の基準を満たす中小の受託事業者を対象にしています。
個人で活動しているなら、まず見るのはフリーランス法です。従業員を雇って事業を大きくしている段階なら、取適法の側も確認することになります。
両方が関わりうる場面での適用関係は条文の解釈に関わる部分なので、実際に問題が起きたときは、自分で結論を出さずに次の窓口で確認してください。相談は無料です。
- 制度の内容……公正取引委員会のフリーランス法特設ページ
- 個別の相談……フリーランス・トラブル110番(弁護士に無料・匿名可)
契約条件をどこまで詰めるかは、実際の募集がどう書かれているかを見ると感覚がつかめます。
クラウドソーシングの募集要項には、修正回数や納品形式が明記されているものとそうでないものが混在しているので、比べてみると自分の契約書を読む目も変わってきます。
契約書がないまま始まってしまった場合
実務では、契約書を交わさずに発注書やチャットのやり取りだけで進む案件がかなりあります。
契約書がなくても契約は成立している
まず前提として、契約書という書面がないと契約が無効になるわけではありません。
「この内容でお願いします」「承知しました」というやり取りがあれば、その時点で契約は成立しています。問題は無効かどうかではなく、後から条件を証明できるかどうかです。
それでも明示義務は発注側にある
ここが知られていない部分です。
フリーランス法では、業務委託をする際に取引条件を書面または電子メール等で明示することが、発注する側の義務とされています。
つまり「契約書を作ってください」と頼むのは、こちらのわがままではなく、相手の義務にあたる部分です。言い出しにくさを感じる必要はありません。
言い出しにくいときの現実的な進め方
それでも改まって切り出しにくい場合は、こちらから条件を書いて送るのが早いです。
「認識のすり合わせのため、以下の内容で進めます」として、業務範囲・報酬額・支払期日・修正回数・納期を箇条書きで送り、相手から「その内容で問題ありません」と返してもらう。
これだけで、条件が文字として残ります。順番として、着手する前に済ませてください。
電子契約と収入印紙の扱い
細かい点ですが、初めて契約書を交わすときに迷いやすいところです。
電子契約でも効力は変わらない
クラウド型の電子契約サービスで締結した契約も、紙に押印した契約と同じように効力を持ちます。
取引先から電子契約で送られてきた場合、それだけを理由に不安に思う必要はありません。
印紙が必要かは契約の中身で決まる
収入印紙は、すべての契約書に必要なわけではありません。
課税文書に当たるかどうかは契約の内容によって決まり、たとえば継続的な取引の基本契約書などが対象になります。判断は国税庁のNo.7100 課税文書に該当するかどうかの判断で確認してください。
なお、電子データで締結した場合は印紙税の課税対象とされていません。紙で交わすか電子で交わすかで、この点だけ扱いが変わります。
署名する前に控えを確保する
紙・電子のどちらでも、締結した契約書の控えを自分の側でも保管してください。
ここでつまずく人が多いのですが、相手の管理画面でしか見られない状態にしておくと、取引が終わった後に確認できなくなります。PDFで手元に落としておくのが確実です。
見落としやすい条項
5項目とは別に、後から効いてくる条項を3つ挙げておきます。
競業避止と専属条項
同業他社の仕事を受けられなくする条項が入っていることがあります。
期間と範囲が広すぎると、収入源を1社に固定されてしまうので、期間・地域・業務内容の3点で範囲を確認してください。
秘密保持の対象と期間
守秘義務そのものは当然として、対象と期間が現実的かを見ます。
「本契約に関する一切の情報」のように広く書かれていると、実績として案件名を出すことすらできません。実績公開の可否とセットで確認してください。
損害賠償の上限
納品物に問題があった場合の賠償に、上限が設けられているかを見ます。
上限がない契約は、報酬額をはるかに超える責任を負う可能性を残します。報酬額を上限とする定めがあるかを確認してください。
トラブルになったときの相談先
それでも問題が起きたときのために、無料で使える窓口を知っておくと心理的にかなり違います。
フリーランス・トラブル110番
厚生労働省の委託事業として運営されている、フリーランス向けの相談窓口です。
弁護士に無料で相談でき、匿名でも利用できます。窓口はフリーランス・トラブル110番から確認してください。
報酬が支払われない場合の具体的な進め方は報酬を払ってもらえないときに取れる現実的な手段にまとめています。
記録を残しておく
相談する段階になって効いてくるのは、やり取りの記録です。
順番として、契約書・発注内容のメール・修正指示・納品の連絡は、案件ごとにまとめて保存しておいてください。
まとめ:契約書は「書いていない部分」を探して読む
業務委託契約書で必ず確認する5項目を整理してきました。
業務範囲と成果物、報酬額と支払期日、検収と修正の回数、権利の帰属、解除の条件。この5つを先に探し、書かれていなければ着手前に文字で確定させます。
そのうえで、支払いは受領日から60日以内、修正の押し付けは禁止行為、6か月以上の契約の解除は30日前予告。これらは契約書に書かれていなくても法律の側が定めています(従業員を使用する発注者の場合)。
手元の契約書を1本開いて、5項目のうちどれが書かれていないかを洗い出すところから手をつけてみてください。
あわせて読みたい(フリーランス実務)
- 請求書の書き方と、源泉徴収されたときの扱い
- 報酬を払ってもらえないときに取れる現実的な手段
- 見積もりの出し方と、値下げ交渉への答え方
- フリーランスが加入できる保険と、会社員との保障の差
- 国民健康保険と任意継続はどちらが得か
- フリーランスの国民年金だけで老後は足りるのか
- 会計ソフトで事業用とプライベートを分ける最小ルール
- 屋号は付けるべきか。付ける場合の決め方
- フリーランスが仕事を断るときの伝え方
仕事の取り方そのものはフリーランスはどうやって仕事を取っている?初心者が最初に押さえる取り方の全体像で整理しています。
本記事は業務委託契約と関連法令に関する一般的な情報提供を目的としたもので、個別の契約内容の有効性や法的効果を保証するものではありません。法令・ガイドラインは改正される場合があります。実際の契約や紛争への対応は、公正取引委員会・厚生労働省の最新情報をご確認のうえ、フリーランス・トラブル110番や弁護士にご相談ください。











